[野球]
沖縄勢の熱い春
岩間翔吾 = 文
text by IWAMA Shogo
3月の21日に第82回選抜高校野球大会が開幕する。
今大会は見所が多い。注目投手に一二三(東海大相模)がいるし、高嶋監督(智弁和歌山)の甲子園通算勝利数更新がかかっているなど、初戦から目が離せない。
それと同時に、沖縄から出場する嘉手納と興南にも注目したい。
同県初の2校アベック出場。近年甲子園でも目覚ましい活躍を見せる沖縄のハツラツとした野球にもエールを送りたい。
まず一つ、九州秋季大会を制して選抜に出てくるのが県立嘉手納高校だ。
基地の町としても有名だ。エースの池原とバッテリーを組む真謝は中学時代には軟式の全国大会で優勝している。決勝の相手も沖縄のチームだったことから、沖縄勢は全国トップクラスの実力だと考えられる。
また興南高校は3季連続の出場。エース島袋は秋の大会自責点0。甲子園経験者が7人残り、優勝候補の一角と考えられている。
1958年夏に県勢初の甲子園出場を果たしたのは首里高だった。思い出の土を持ち帰るも米国統治下の植物検疫法に触れ、那覇港で海に捨てられた悲劇で知られている。
それから30年余り。90,91年夏には沖縄水産が連続準優勝し、99年春には沖縄尚学初制覇。06年には日本最南端の高校として八重山商工が春夏連続して勝ち上がった。
08年春には沖縄尚学が2度目の選抜制覇、夏には浦添商が四強と、今や全国屈指の強豪地区となった。
沖縄球界の発展の歩みは、そのまま沖縄の歴史と重なる。
その一つが毎年5月頃に開催する「招待試合」で、日本復帰の1972年に始まった。県の高校野球連盟が年ごとに全国の強豪を1校選び、費用は全額負担で沖縄へ招いて県内の数校と試合を組む。去年は夏に全国制覇を果たした中京大中京(愛知)を招き、興南・中部商・沖縄水産が対戦した。
岡山や愛媛とは個別に「親善交流試合」を行い沖縄勢が遠征。
航空便の路線新設が契機となり、積極的に本土の高校と試合できる環境が整っていった。ひと昔前、本土の強豪チームに名前負けしていた沖縄勢の姿を今見ることは出来ない。30年以上かけて取り組んできたことが徐々に成果を上げていった。
沖縄では他に面白い取り組みが行われている。
強化策の一環として毎年1月に「野球部対抗競技会」なるものが行われている。県内各校が百㍍走、千五百㍍走、遠投、打撃(ティー打撃の飛距離)などの種目を争う。学校別の総合得点、種目別の団体・個人の順位を一覧にするため、選手にとっては大きな励みとなるだろう。
73年に始めた当初は、冬場の地道な体力作りに飽きさせない退部防止策だったが、今では強化策の一環として機能していると言える。
これらに加え、影響が大きいのは施設環境の変化が挙げられる。
プロ野球のキャンプがきっかけとなっている。79年に日本ハムが名護で行ったのが始まりらしいが、今では多くの球団(韓国も含む)が春季キャンプを沖縄諸島で行っている。
ファン来訪の経済効果を期待した各自治体は、球場や関連施設の整備を進めたのだ。
70年代ごろまでは試合会場と言えば学校のグラウンドが多かった。
かつては長方形のグラウンドで『ここに飛んだら二塁打』と特別ルールを設定することも多かったらしい。
しかし今では各地の球場でしっかりと野球が出来る、この施設面の充実も沖縄躍進の重要なファクターとなっている。
春は雪が降る北国に比べ、一年中グラウンドが使える南国が有利だと言われている。
しかしその環境を円滑に使うために先人達が苦労したという側面も見逃せない。
以上の背景を考えながら試合を眺めると、どうしても沖縄勢に肩入れしてしまう小生がいるのだ。

このページのトップへ